「中国は法治国家ではなく人治国家である。権力者が勝手に法を制定する。司法関係の判断にも政府が干渉する。」
中国の法律の在り方に対して、このような認識をお持ちの方もいるのではないでしょうか?確かに一概には否定できません。
しかしながら、中国でもさまざまな法令が存在し、中には日本よりも厳しく定められているものもあります。また、地域によって法令の解釈と運用が異なることが多く、駐在員だけでなく中国人従業員も頭を悩ませています。
本稿では、中国でビジネスをする上で、法律関連のトラブルを回避するための知識を、労務や会計・税務などの代表的なものに絞って解説します。また、駐在員なら押さえておきたい最新のトピックについてもご紹介します。
なお、日系企業の拠点が最も多い上海市での運用を中心にご説明します。あらかじめご了承ください。
中国に赴任される皆さんが、円滑にビジネスを進めるための一助になれば幸いです。
無料eBook
中国赴任準備はこれで完璧!
赴任準備マニュアル
事前の準備から現地の作法まで徹底解説
現地駐留歴4年のスタッフがまとめた渾身の一冊。
快適な中国ライフを送るための準備はこれで完璧!
目次
1. 中国に駐在するなら知っておきたい!労働関連の法律基礎
筆者は長年、A&Cアソシエイツ株式会社で、企業における教育・研修プログラムの企画・運営や、日本企業の中国進出支援を行ってきました。
この章では、駐在員が最低限覚えておきたい「労務」と「会計・税務」、「民法典」についての概要を確認していきます。
1-1. 労働者は日本よりも保護されている!? 中国の「労務」
かつて日系企業の多くは、安価な労働力の確保を目的として中国に進出しました。しかし経済成長により、低賃金労働者がけん引するビジネスモデルは過去のものとなりつつあります。よく言われるように、中国は「世界の工場」から「世界の市場」へと変貌を遂げました。
これに伴い、労働者の権益保護を重視する政策へと舵が切られました。中国では「労働者が保護され過ぎだ」と言う日本人もいます。
例えば、会社都合による労働契約解除などの際、労働者に対して支払われる「経済補償金」がその一つです。経済補償金とは従業員の離職後の生活補助としての性質があり、勤続年数により支払い基準が定められています。
しかし、従業員が法定以上の経済補償金を求めることは多く、実際に会社がプラスαを上乗せして支払うケースが散見されます。
このように、駐在員としては「法令ではどのように定められているか」と「実際にはどのように運用されているか」の両方を知っておく必要があります。
労務関連の法律はいくつかありますが、主なものは労働契約法です。この中から、駐在員として特に理解しておくべき部分を、2章で詳しくご説明していきます。
1-2. 日本と似ているようで異なる「会計・税務」
中国独特の制度に「発票(ファーピャオ)」があります。ビジネス上でも重要ですが、日常的に飲食店や宿泊施設、タクシーなどを使用した際にも発行してもらうことが多いので、「発票」という単語は駐在スタート直後に覚えるはずです。
発票は感覚的には日本の領収書に相当しますが、厳密には異なります。この発票に関する内容を中心として、中国と日本の会計処理の違いについて、3章でご説明していきます。
この章では、税務に関する知識もご紹介します。中国の税金は大きく分けると5つに分類できますが、更に細かく分けると30種類近くになります。これらの中でも特に理解しておきたいものを、紹介します。
1-3. 最新トピック:中国で初めて統一された「民法典」
中国の法律に関するトピックで、2021年に最も注目されたと言えるのが「中華人民共和国民法典」の施行です。それまで中国では統一された民法典が無く、民法通則、物権法、担保法、契約法など個別の法律がバラバラに施行されていました。そのため整合性が取れていない規定もありました。
2021年1月1日に施行された「中華人民共和国民法典」では上記の法律が組み込まれ、総則、物権、契約、人格権、婚姻家庭、相続、権利侵害責任の7つの編で構成されています。旧法の原則から大きな変更はありませんが、新たに組み入れられた内容もあります。
本記事ではその一つであり、皆さんのビジネスにも関係のある、人格権について、かいつまんでご説明していきます。
ここまで紹介してきたように、まずは駐在員として「労務」と「会計・税務」における日本との違いを覚えましょう。それを踏まえた上で、最新の法関連の動向を把握しておけば安心です。次章からは、より具体的に、法律の内容や実際の運用法について確認します。
2. もう一歩詳しく:中国の労務に関する法律
中国では、日本の労働基準法に相当する「労働法」という基本法があります。しかし、労働者の権利が十分に補償されないという課題がありました。そこで労働法を補足する形で2008年に施行されたのが「労働契約法」です。この章では、労働契約法に基づいた中国の労務について解説します。
2-1. 労働契約
労働契約に関して日本と中国で大きく異なるのが、中国では「固定期間労働契約」が前提となっている点です。
そもそも、中国の労働契約は「固定期間労働契約(日本の有期雇用契約に相当)」、「無固定期間労働契約(日本の無期雇用契約に相当)」「一定の業務上の任務の完成を期限とする労働契約」の3つがあります。
しかし、初めて結ばれる労働契約のほとんどは、「固定期間労働契約」です。正社員として採用する場合でも、「固定期間労働契約」では労働契約書に必ず契約期間が記載されています。これは日本と異なる点です。
契約期間満了時には、労使双方の合意のもとで契約更新の手続きを行います。この際も契約期間を定めることになります。ただし、2回更新を行うと無期雇用となるので、この時は契約期間を定めません。
なお、無期雇用となる契約回数のカウントは省により異なります。他の法律も同様に、省によって運用が異なること場合があるので、企業所在地での確認を強くお勧めします。
中国において、労働契約書は極めて重要です。雇用開始後の1カ月以内に締結しない場合、2倍の給与を支払わなければならないという罰則があります。
注意が必要なのは、この「雇用開始後の1カ月」には試用期間が含まれている点です。試用期間は労働契約期間に含まれています。詳細は「2-2. 試用期間」で後述しますが、試用期間は一般的に1カ月もしくは2カ月と定めている企業がほとんどです。
つまり、試用期間終了時の契約締結では遅く、できれば試用期間開始時には雇用契約を締結しておくことをお勧めします。ちなみに、雇用開始後の1年以内に締結しない場合は、無期雇用契約を締結したとみなされます。
また、労働契約書とセットで説明しておきたいのが就業規則です。中国では従業員数を問わず就業規則が必須で、会社設立後半年以内に労働行政部門への届け出をしなければなりません。また、労働者への周知も必要です。
しかし、労使間で何らかのもめ事があった時、「就業規則は公示されていないし読んだこともない」と労働者が主張するケースもあります。そのため、雇用契約締結時には、労働者に就業規則を読んでもらい、確認済みであるというサインを受け取ることをお勧めします。
2-2. 試用期間
前述の通り、多くの企業では1カ月もしくは2カ月の試用期間を設けています。この期間は労働契約の長さによって、以下3つのパターンがあります。
表)労働契約期間ごとの試用期間
労働契約期間 | 試用期間 |
3カ月以上1年未満 | 1カ月以内 |
1年以上3年未満 | 2カ月以内 |
3年以上あるいは無期 | 6カ月以内 |
なお、同一労働者に試用期間を設けることができるのは1回限りです。
試用期間中の賃金も注意が必要です。労働契約に規定された賃金の80%を下回ってはならず、かつ雇用者の所在地における最低賃金を下回ってはならない、と定められています。
2-3. 時間外労働
中国の法定労働時間は日本と同じで、1日8時間、週40時間と定められています。しかし、時間外労働は限度が設けられています。原則としては1日1時間、特別な事情がある場合でも1日3時間、1カ月36時間が上限です。加えて、週に最低1日の休日を確保するよう定められています。
また、割増賃金率も日本より高く設定されています。具体的には以下の通りです。
表)中国と日本の労働時間、時間外労働、割増賃金率の違い
中国 | 日本 | |
法定労働時間 | ・1日8時間、週40時間 | |
時間外労働 | ・原則として1日1時間 ・特別な事情がある場合、1日3時間、1カ月36時間 ・週に最低1日の休日を確保 | ・労使協定の締結により上限なし |
割増賃金率 | ・平日の残業は賃金[1]の150% ・休日出勤は賃金の200%(代休を与えれば支給不要) ・祝日出勤は賃金の300% | ・賃金の125%以上 |
なお、日本の「裁量労働制」と同様、中国には「不定時労働制」という制度があります。この制度を利用することで、残業代の支払いを免除することも可能です。
ただし、営業職や運転手、管理職など業務における必要性があり、本人同意のサインを得た上で管轄の労働局に申請する必要があります。
2-4. 秘密保持契約
中国でも、営業秘密の保護や取り締まりについて、法制度上はしっかりと整備されています。
中国で営業秘密について定めているのが「反不正当競争法」です。また、刑法でも営業秘密侵害罪が規定されています。
ただし、制度が整っているとはいえ、秘密保持に対する意識が希薄な従業員もいるのは事実です。
在職中に営業秘密を競合他社に漏えいするパターン、従業員名簿などを外部に提供するパターン、退職後に転職先企業に営業秘密を漏えいするパターン、同じく退職後に自らが競合企業を設立してノウハウや取引先名簿を流用するパターン、などがあります。
企業としてはリスクを低減するため、従業員との間で秘密保持契約を締結するケースがほとんどかと思います。独立した契約を締結する企業もありますし、就業規則や労働契約書に含める企業もあります。
いずれにしても、秘密保持の範囲や守秘期限、違反し損害が発生した場合の金額、退職時の資料等の返還義務を規定しておく必要があります。
また、必要に応じて、最長2年間の競業避止義務[2]を定めることも可能です。ただし、対象は高級管理者や高級技術者などに限られます。また、期間中は対価として、経済補償金を毎月支払う必要があります。
2-5. 社会保険制度
中国の社会保険は通称「五険」と呼ばれ、次の5種類があります。養老保険(日本の厚生年金)、医療保険(日本の健康保険)、失業保険(日本の雇用保険)、生育保険(出産や育児休暇中の手当てが給付される保険)、工傷保険(日本の労災保険)です。
なお、生育保険は医療保険に統合される動きがあり、一部の省や市では既に「四険」になっていますが、生育保険の概念が無くなったわけではありません。
注意が必要なのは保険料率です。これら5種類の内、養老保険、医療保険、失業保険には本人負担分と会社負担分がそれぞれ定められていますが、保険料率は地域によって異なります。
また、2020年以降は新型コロナウイルスの影響で減免措置が実施されているなど変更が多く、最新情報の収集が欠かせません。
五険以外に存在しているのが住宅積立金です。これは従業員が住宅を購入したり大規模なリフォームをしたりする際に、引き落とすことができる積立金です。従業員個人に帰属し、用途が限られています。これも本人負担分と会社負担分が、地域によりそれぞれ定められています。
ちなみに、五険と合わせて「五険一金」と呼ばれています。
2-6. 有給や特別休暇
中国でも年次有給休暇が定められていて、入社から1年以上が経過している従業員に付与されます。日本と大きく異なっているのは他社での勤務年数も通算して付与日数が決まる点です。そのため、中途採用の場合は注意が必要です。
付与日数はそれぞれ以下の通りです。
表)勤続年数と年次有給休暇の付与日数
勤続年数(通算) | 付与日数 |
1年以上10年未満 | 5日 |
10年以上20年未満 | 10日 |
20年以上 | 15日 |
ただし、これらの日数は上限ではなく、実際にはこれ以上付与したり、入社1年未満でも付与したりするケースも多くあります。
なお、有給を消化できない場合は賃金の300%で会社が買い取る(勤務した期間の賃金に、200%の賃金が加算される)ことになるので、注意してください。
特別休暇に話を移しましょう。中国でもいくつかの特別休暇がありますが、最近大きな変更が見られているのが出産休暇です。
日本でも報道されたように、中国では育児制限が緩和され、今では第三子の出産が正式に認められています。これに伴い、出産休暇が大きく増加しました。
例えば上海市の場合は30日増え、158日となっています。地域によっては60日増やしたり、第二子と第三子で付与日数を調整したりするなどの変更がありました。中国では出産後も職場に復帰するケースが多く見られるので、注意が必要です。
出産休暇以外の特別休暇には、病気休暇、労災休暇、結婚休暇などがあります。
2-7. 経済補償金
中国での雇用に関して頻出するのが「経済補償金」という言葉です。経済補償金とは、労働契約の解除時、一定の条件に当てはまる場合に会社から従業員に対して支払われるもので、離職後の生活補助としての意味合いがあります。
どのような条件に当てはまる場合に支給が必要か、そしてその金額はどのように計算するのか、駐在員としては知っておきたい知識です。
まず、条件についてです。ケースにより支給の要不要は異なりますが、ポイントとして覚えておきたいのは、以下の点です。
表)経済補償金の支給条件
時期 |
条件 |
支給 |
労働契約期間中 |
労働者からの契約解除の申し出があり、会社も同意した場合 |
× |
会社側から契約解除を申し出た場合。ただし、終業規則に著しく違反するなど、労働者の過失があるとき |
× |
|
会社側から契約解除を申し出た場合 |
○ |
|
労働契約満了時 |
会社側が更新を申し出ない場合 |
○ |
会社側が労働契約内の条件を引き下げて提示し、労働者が同意しない場合 |
○ |
次に経済補償金の金額についてです。大まかに説明すると、1カ月の給与額×勤続年数で計算します。
1カ月の給与額とは、労働契約満了もしくは解除前の12カ月に支給された給与、賞与、手当の月当たり平均額です(計算に含まれるものは地域によって異なります)。これには上限と下限があり、上限は会社所在地の平均賃金の3倍、下限は同じく所在地の最低賃金です。
勤続年数は、有給付与日数の計算とは異なり、通算ではなくその企業での勤続年数です。なお、6カ月未満の部分は0.5年、6カ月以上1年未満の部分は1年とみなして計算されます。
これにも上限があり、上記の1カ月の給与額が会社所在地の平均賃金の3倍を上回る場合、勤続年数が13年以上の場合でも12年として計算されます(3倍を上回らない場合は上限が無く、実際の勤続年数に基づいて計算されます)。
さて、一般的にはこのような計算方法で問題がありませんが、人によっては離職後に「違法解雇だ」として訴訟を起こすこともあります。もし裁判で違法解雇と認められた場合には、経済補償金の2倍の賠償金を支払わなくてはならないので、経済補償金にプラスαを上乗せするケースも見られます。
2章では中国の労働契約について確認してきました。労働契約法は、労働者の権益を保護する性質が強く、日系企業はその点を理解した上で、雇用契約を結ばなければなりません。次章では、中国の会計・税務に関するポイントについてご紹介します。
[1] 残業賃金基数÷21.75。21.75は、1カ月の標準勤務日数として定められたもので、(365日-休日104日)÷12か月で求められます。残業賃金基数は省によって決まりが異なるので注意が必要。実際に支給される賃金とする省や、役職手当などの各種手当を含めない省もあります。
[2] 競合企業に就職したり、競合となるような事業を営んだりする「競業行為」をしてはならないという義務のこと。
3. もう一歩詳しく:中国の会計・税務に関する法律
駐在員として欠かせない知識の一つに「会計・税務」があります。中国と日本の会計処理はよく似ていますが、根本的に考え方が異なる点があります。1章で触れた「発票」もその一つです。3章では、会計処理の違いのほか、駐在員が覚えておきたい税務の知識についてご紹介します。
3-1. 中国と日本の会計処理の違い
中国の会計・財務に関して覚えておきたいポイントは、「決算月が12月に統一されている」ことと、「発票の有無が重要」だということです。それぞれ詳しく解説します。
3-1-1. 決算月は12月に統一されている
日本の法人の事業年度は自由に決めることができますが、中国の事業年度は「会計法」で1月1日〜12月31日と決められています。そのため、決算月が12月になることに注意しましょう。
3-1-2.発票の有無が重要
発票は、感覚的には日本の領収書に近いものですが、厳密には異なります。発票とは税務局の管理下にある、脱税の防止や徴収の効率向上を目的とした証憑です。そのため、形式が統一されています。
規定上、会計処理は発生主義となっていますが、実際のビジネスでは「発票主義」で行っている企業が多いかと思います。そのため発票を発行していないと売上計上できない、受け取っていないと費用計上できない、ということになります。また、後述しますが、増値税額を算出するにあたっての、仕入税額控除ができなくなります。
発票発行のタイミングは特に決まりが無いので、日本とは売上や費用計上のタイミングが異なることも多く、そのため日本の感覚とは異なる決算書が作成されることになります。
また、発票には主に増値税専用発票と増値税普通発票があります。
「増値税」とは日本の消費税に相当する税金のことで、「増値税発票」はいわゆるインボイスのことです。税務局が増値税を徴収するために発行される証憑です。
増値税専用発票と増値税普通発票の大きな違いは、税率、発行者に制限があること、そして仕入額控除ができるかどうかです。
まず、税率についてです。「増値税専用発票」の方が「増値税普通発票」よりも高い税率が設定されています。なお、具体的な税率は業種などにより異なります。
次に発行者についてです。中国では納税義務者が「一般納税人」と「小規模納税人」に分けられています。年間課税売上高500万人民元以上が一般納税人、年間課税売上高500万人民元以下が小規模納税人とみなされ、増値税率が低く設定されています(3%)。「増値税普通発票」とは、主に小規模納税人が発行するものです。
一方「増値税専用発票」は一般納税人が発行するものです。しかし、小規模納税人の場合でも税務局の許可を得ることで税務局による代理発行が可能です。また、一部業種は小規模納税人でも自社での発行が可能となっています。
最後に仕入額控除についてです。中国の増値税は日本の消費税と同様、自社の売上にかかる増値税額から仕入にかかる増値税額を控除し、税額が決まります。この際、商品購入に伴い受け取った「増値税専用発票」は控除が可能ですが、「増値税普通発票」は控除できません。
なお、小規模納税人の場合は「増値税専用発票」でも仕入額控除ができない点には注意が必要です。その分増値税率が低く抑えられていて、また月の売上が15万元以下の場合は増値税が免税になるなどの優遇措置があります(2022年2月現在)。
3-2. 中国の税金の種類
中国の税金の種類は大きく分けると5種類、細かく分類すると30種類近くあります。ここでは代表的なものに絞り、ポイントをご説明します。
まず大きく分けた時の5種類とは、流通税、所得税、資源税、財産税、行為税です。この内、多くの日系企業が触れるであろう、流通税、所得税についてご紹介します。
流通税とは商品やサービスの取引にかかる税金です。主なものは前述の増値税で、他には関税も含まれます。増値税率は一般納税人と小規模納税人で異なり、また業種によっても違いがあります。
なお、少々ややこしいですが中国にも消費税と呼ばれるものがあります。これは日本のそれとは異なり、タバコや酒、高級化粧品などにかかる税金です。
所得税には企業所得税と個人所得税の2種類があります。
企業所得税は日本の法人税に相当し、年間の総収入から原価費用および損失を控除した金額、つまり利益に対して課税されます。税率は25%で基本的に統一されていますが、小規模納税人や国が優遇するハイテク企業は軽減税率が適用されます。個人所得税はその名の通りで、給与に対して課税されます。
3-3. 駐在員が注意すべき会計事情
中国の会計処理や税金で注意が必要なのは「中国は税率などが頻繁に変わる」という点です。
例えば現在は新型コロナウイルスの影響で、小規模納税人の増値税率が3%から1%へと変更されています。また、数年前まで流通税の一つとして「営業税」がありましたが、現在では増値税に統一され、姿を消しました。
このような変更を事細かにキャッチアップすることが大切です。特に上海や北京、広州などの大都市では逐一情報発信をしている日系コンサルティング企業が多くありますので、日本語での情報収集も可能です。
また、本記事では解説を割愛しましたが、決算書が日本とは一部異なっています。通常は製造原価報告書が作成されていない、という違いもあります。そのため、日本本社向けに決算書内の配置を並び替えたり、製造原価計算書を作成したりという対応をするケースもあります。
この辺りは各社ルールが異なり、また作業が属人的になりがちです。そのため財務担当者の退職が大きなリスクになる可能性もあるので、複数名配置するなどして備えることをお勧めします。また、作業がブラックボックス化しないよう、業務プロセスを明文化すると良いでしょう。
ここまで中国の会計・税務について説明してきました。日本とは考え方が異なる点や、制度が頻繁に変わる点に留意しながら、仕事にあたるとよいでしょう。最後に、駐在員が押さえておきたいその他の法律について紹介します。
4. もう一歩詳しく:中国駐在員が注意すべきその他の法律
3章でも触れたとおり、中国の法律や制度はここ数年でめまぐるしく変化しています。その中でも把握しておきたい最新のトピックを説明します。
4-1. 民法典の詳細
1章でご紹介した通り、2021年1月1日に「中華人民共和国民法典」が施行され、それまで個別に存在していた法律が統一されました。この民法典は、総則、物権、契約、人格権、婚姻家庭、相続、権利侵害責任の7つの編で構成されています。ここでは、人格権についてご説明していきます。
人格権には生命権、身体権、健康権、肖像権、プライバシー権などが含まれ、法律によって人格の尊厳が保護される、となっています。
このうち注目ポイントとして挙げられるのが、セクシャルハラスメントと個人情報保護に関する規定です。
セクシャルハラスメントについては、女性に対するものは旧法でも禁止されていましたが、民法典では男女問わず禁止され、また身体的行為以外にも言語、文字、画像などによるセクシャルハラスメントも禁止されました。更に、企業や学校などの組織が、セクシャルハラスメントを防止するための措置を講じる義務が定められているのが、大きな追加です。
また、プライバシー権と個人情報の保護についても規定されています。個人情報を収集、使用、保管などする際には、その目的や方法を開示した上で、本人の同意を得る必要があると明記されています。
話は変わりますが、2021年に民法典と並んで注目を集めたのが、個人情報保護法の施行です。意外に思われるかもしれませんが、中国では個人情報保護に関する法整備が進んでいます。中国法人が収集した個人情報を、日本本社が管理する際にも注意が必要なので、一体となり取り組んでいただきたい課題です。
4-2. 知的財産権の保護
約3020万件[3]。これは2020年時点での中国における有効な商標登録数です。世界全体での有効な商標登録数は約6440万件[4]と推定されているので、半数近くを中国が占めている事になります。また、これは2020年12月16日からの一年間で、中国では約770万件[5]の商標登録がありました。
しかしながら、悪意のある出願も存在しています。例えば、東京スカイツリーを中国語に直訳すると「東京天空樹」になりますが、この単語が開業前に中国で既に商標登録されていた、という報道をご覧になった方は多いかと思います。
この件が悪意のある出願だったかは定かではありませんが、「将来的に中国での展開が予測される商品の名称などを先んじて片っ端から登録し、実際にいざ中国展開するとなった際にその権利を高額で売りつけようとする」、という話は少なくありませんでした。
しかし、中国でも大量出願が問題になり、出願の構造改革が進んでいます。2019年には商標法が改正され、使用を目的としない悪意のある商標出願を拒絶するための規定が追加されました。実際に、2021年には48.2万件の処分が行われました[6]。
また、2021年には専利法(特許、実用新案、意匠法)が改正され、知的財産保護強化が行われたほか、前述の民法典にも知的財産について規定が設けられています。このように、中国での知的財産保護は特にここ数年強化されています。
ただ、ECサイトを中心に模倣品が横行しているのが現実です。しかも模倣は巧妙化しています。
これに対し、大手ECサイトでは模倣品対策が進んでいて、商標権や著作権、特許権を侵害している商品が出品されていた場合、ECサイト内から削除申し立てができます。一方、中小規模のECサイトは整備されているとは言いづらい状況です。
さて、自社の知的財産が侵害されていないか目を光らせることも大切ですが、一方では自社が他社の知的財産を侵害しているとみなされないか、慎重な姿勢をとることも忘れてはなりません。保護強化は外国企業が被告となる可能性も考えられるからです。
4-3. 広告法
中国における広告に関する法規制として、「広告法」があります。
実務で気を付けるべきことは、使用禁止用語が規定されている点です。詳しくは広告法をご確認いただきたいと思いますが、代表的なものとして以下があります。
・「最も~」:最大、最新、最高級、最も安い、最も人気のある など
・「一」:ランキング一位、唯一、販売量第一、日本一 など
・「級、極」:国家級、グローバル級、究極、極致 など
・「首(日本語で最初)、家、国」:最初、国家リーダー、国内の空白を補う など
2015年には新広告法が施行され、抵触した場合には20万〜100万元の高額な過料が定められています。場合によっては、営業許可証が取り下げられる可能性もあります。
特にBtoCのビジネスにおいて、消費者の目が厳しくなっているのはもちろんですが、報奨金目的に告発するケースが少なくありません。広告を出す際には、禁止用語を使用していないかしっかりと確認することが必要です。
民法典におけるセクシャルハラスメントの防止や個人情報の保護をはじめ、知的財産権の保護など、これまで法整備が進んでいなかった領域での規制の強化が進められています。日系企業はこうした情報をしっかりと把握し、現地のルールを踏まえた上で事業を展開していく必要があります。
[3] 「世界知的財産指標報告書: 2020年の世界全体の商標出願は 世界規模のパンデミックにもかかわらず急増」,『WIPO』,https://www.wipo.int/pressroom/ja/articles/2021/article_0011.html#:~:text=%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%85%A8%E4%BD%93%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%9C%89%E5%8A%B9%E7%89%B9%E8%A8%B1,%E3%81%AE%E9%A0%86%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82 (閲覧日:2022年3月27日)
[4] 同上。
[5] 中国国家知識産権局「国家知識産権局審査登録登記月度報告 2021年12月」,表7,https://www.cnipa.gov.cn/module/download/down.jsp?i_ID=172796&colID=2535(閲覧日:2022年5月31日)
[6] 国務院新聞弁公室「2021年知識産権相関工作統計データ発表会」,2022年1月12日,https://www.sohu.com/a/516035351_115865(閲覧日:2022年5月31日)
5. まとめ
本記事では中国の労務や会計・税務を中心に法的知識をご紹介してきました。
まず、労務については、労働契約法に基づいた労働契約書の締結が重要です。中国では、固定期間労働契約を前提としていることが多いため、契約期間と試用期間を定める必要があります。また、トラブルを避けるため、就業規則は予め従業員に確認してもらい、サインを受け取りましょう。
時間外労働についても、日本とは事情が異なります。法定労働時間は日本と同じですが、時間外労働は1日1時間、特別な事情がある場合も1日3時間、1カ月36時間が上限です。さらに割増賃金率も日本より高く定められています。
日本の裁量労働制に相当する「不定時労働制」という制度もありますが、利用するには一定の条件を満たさなければなりません。
従業員が退職する際は、秘密保持契約を締結するほか、経済補償金の支払いが必要かどうかも確認しておきましょう。
中国には「五険一金」と呼ばれる、以下の社会保険制度があります。
・養老保険
・医療保険
・失業保険
・生育保険
・工傷保険
・住宅積立金
さらに、有給休暇の付与日数は、他社での勤続年数も通算して算定されることや、近年は地域によって出産休暇の日数が増加していることも覚えておきましょう。
会計・税務について、中国と日本の会計処理は、以下の2つの点が大きく異なります。
・決算月が12月に統一されている
・発票の有無が重要
発票は主に一般納税人が発行する「増値税専用発票」と小規模納税人が発行する「増値税普通発票」の2種類があります。小規模納税人の方が税率が低く設定されている点、増値税専用発票は仕入額控除ができる点が大きな違いです。
中国の税金は大きく分けると、流通税、所得税、資源税、財産税、行為税の5種類があります。中でも、商品やサービスの取引に関わる流通税と、日本の法人税に相当する「企業所得税」や個人に課される「個人所得税」などの所得税は、必ず押さえておきましょう。
ここ数年で新たな法整備が進んでいる分野があります。
2021年に施行された「中華人民共和国民法典」は、中国初の民法典で、セクシャルハラスメントと個人情報保護の規定に大きな変更がありました。
また、商標法や専利法の改正により、知的財産権の保護も進んでいます。広告法では使用禁止用語が定められているため、とくにBtoCのビジネスでは注意が必要です。
最後に、以下の点にはご注意いただきたいと思います。
・省や市など、地域によって異なる点も多い
・規定と運用が異なることも多い
・法規制などが頻繫に変わる
本記事の内容が一部地域では当てはまらないこともありますし、1年後には古い内容になっている可能性もあります。駐在開始後も、最新情報をキャッチアップし続けることが大切です。