2024年7月1日、中国で改正会社法が施行されました。
経済発展に伴う企業活動の複雑化やコーポレートガバナンス(corporate governance:企業統治)の改善を背景に、今回の改正は中国企業はもとより、中国に進出している、または進出を検討している日系企業にとっても見逃せない重要な改正となっています。
JETROが2024年2月に発表した調査によると、中国に進出している日系企業の今後1~2年の事業展開の方向性として、「拡大」と回答した企業は27.7%、「現状維持」は62.3%と前年比2ポイント上昇、「縮小」は9.3%と4.4ポイント上昇しました[1]。
拡大・縮小の判断は地域差が大きく、中国進出企業の中でもフェーズが分かれていることが推察できます。
本記事では、改正会社法のポイントとして、「出資払込期限の新設」「役員の責任の明確化」「会社登記の簡易抹消制度と強制抹消制度の導入」の3点を解説するとともに、法改正が中国進出企業に与える影響について、詳しく解説していきます。
中国ビジネスを成功に導くためには、最新の法規制への対応が欠かせません。本記事を参考に、改正会社法の内容を正しく理解し、適切な対策を講じましょう。
目次
1. 中国の会社法改正の概要
中国では2024年7月1日より改正会社法が施行されました。この改正は、近年の経済発展に伴う企業活動の複雑化や、コーポレートガバナンスの改善などを背景に行われました。
今回の改正におけるポイントは、主に以下の3点です。
改正のポイント | 概要 |
---|---|
出資払込期限の新設 | 有限責任会社の株主に対し、会社設立日から5年以内に登録資本金全額の払い込みを義務付け |
役員の責任の明確化 | 取締役、監査役、高級管理職(総経理、副総経理、財務責任者)の権限と義務の明確化 |
会社登記の簡易抹消制度と強制抹消制度の導入 | 企業の閉鎖における会社登記抹消について、簡易手続きによる抹消および強制的な抹消の要件を規定 |
このように今回の改正は、中国における会社法制の重要な改革といえます。中国進出企業に与える影響も大きく、十分な対応が求められます。
2. 改正会社法のポイント
前章で挙げた会社法の改正点について、具体的な内容を確認していきましょう。
2-1. 出資払込期限の新設
会社法改正により、株主が出資義務を果たすための枠組みが大きく見直されました。
従来は出資の払込期限がなく、10年を超えるような長期間や無期限の設定も可能でした。そのため、会社設立後に実際に出資が行われないケースや、会社登記上の資本金の金額で信用力を判断しづらく、企業活動の透明性が損なわれるケースも見られました。
今回の改正では、有限責任会社の株主に対し、会社設立日から5年以内に登録資本金の全額を出資することが義務付けられました(会社法第47条)。2024年7月1日以降に設立する有限責任会社は、会社設立日から5年以内の出資払込期限を定款に記載する必要があります。
一方、2024年7月1日以前に設立した有限責任会社は、この改正がどのように適用されるか明確にされていません。2024年8月時点では、出資払込期限に明らかな違法性が認められる場合、会社登記機関が調整を要求することができるとの内容にとどまっています(会社法第266条)。
この点に関しては今後国務院から詳細な規則が発表される予定であり、該当する有限責任会社は規則を踏まえ出資スケジュールを段階的に調整する必要があると想定されます。
この改正点は企業と株主双方の出資に関する権利義務を明確化しており、コーポレートガバナンスの強化と投資者保護の観点から重要な改正といえるでしょう。
外資系企業を含む中国に進出する企業は、出資払込期限の見直しや社内手続きの整備など、変更点を踏まえた適切な対応策を講じることが重要です。
2-2. 役員の責任の明確化
改正会社法では、会社組織におけるガバナンス強化のため、取締役、監査役、高級管理職の権限と義務に関する規定が拡充されました。
役職 | 権限 | 義務 |
---|---|---|
取締役 | ・株主会決議事項の立案 ・株主会決議の実施 ・経営計画および投資案の決定 ・法定代表者への就任 など | ・企業に対する忠実義務および勤勉義務(※) ・法令および定款の順守 ・監査会または監査役に関連情報および資料を事実に即して提供する義務 ・監査会または監査役の権限行使を妨害してはならない義務 |
監査役 | ・会計監査 ・取締役および高級管理職の職務執行の監査 など | ・企業に対する忠実義務および勤勉義務 ・法令および定款の順守 |
高級管理職 | ・定款の規定または取締役会の認可に基づいた権限の行使 ・法定代表者への就任 など | ・企業に対する忠実義務および勤勉義務 ・法令および定款の順守 |
忠実義務:自己と企業との利益相反を回避するための措置を講じ、職権を利用し不当な利益を得てはならないという義務
勤勉義務:職務執行に当たり企業の最大利益のために管理者が通常尽くすべき合理的な注意を尽くさなければならないという義務
改正会社法では、上記の役員がその職務を適切に遂行できるよう、それぞれの権限と義務が明確化されました。企業はこれらの変更点を踏まえ、社内規程の整備や役員を対象とした研修の実施などを通じて、組織体制の強化を図ることが重要です。
2-3. 会社登記の簡易抹消制度と強制抹消制度の導入
改正会社法では、企業の円滑な退出を促進するため、以下の新たな制度が導入されました。
改正点 | 内容 |
---|---|
会社登記の簡易抹消制度 | 【企業の存続期間中に債務がない、または全ての債務を清算している場合】 全株主の確約を経た上で国家企業信用情報公示システム上で20日以上公告し、公告期間終了後に異議申し立てがなければ、20日以内に会社登記機関へ会社登記の抹消を申請することができる |
会社登記の強制抹消制度 | 【企業が営業許可証の取り消し、または閉鎖を命じられてから3年以上会社登記の抹消を申告していない場合】 会社登記機関が国家企業信用情報公示システム上で60日以上公告し、公告期間終了後に異議申し立てがなければ、会社登記を抹消することができる |
この改正により、中国における企業の会社登記抹消手続きがスムーズになり、事業撤退や再編の柔軟性が高まることが期待されます。
3. 中国進出企業への影響
今回の会社法改正は、中国に進出している企業にも影響を及ぼします。中国進出企業は、中国における事業展開を円滑に進めるため、改正会社法を理解し、適切な対応策を講じる必要があるでしょう。
3-1. 現地子会社の組織体制や役員任命の見直し
改正会社法により、取締役、監査役、高級管理職の権限と義務に関する規定が強化されました。この変更は、企業の現地子会社にも影響を与えます。具体的には、組織体制や役員任命の見直しが必要となる可能性があります。
取り組み | 内容例 |
---|---|
組織体制の見直し | 取締役会の構成員や権限の見直し、監査委員会(監査会・監査役の代わりに取締役会の中に設置される監督機関)の導入検討など |
役員任命の見直し | 取締役、監査役、高級管理職の就任要件の確認、適した人材の選任、適切な責任範囲と権限の付与など |
これらの見直しは、改正会社法の規定に適合し、現地子会社の円滑な運営を図る上で重要です。
3-2. 出資額の払込期限への対応
会社法の改正により、会社設立時の出資払込期限に関する規定が変更されました。改正会社法では、有限責任会社の場合、原則として株主は定款の規定に従って、会社設立日から5年以内に登録資本金の全額を払い込まなければならないとされています。
従来は、定款で出資払込期限を自由に規定することができ、法律上の定めはありませんでした。今回の改正により、出資払込期限が法律で明確に規定されたことになります。
中国進出企業は、この改正点を踏まえ、合弁契約や定款における出資時期に関する規定を見直し、必要があれば修正する必要があります。
3-3. 外商投資法などとの整合性の確認
2020年施行の外商投資法や関係法令と改正社会法との整合性確認は重要です。改正会社法と併せて、外商投資法上の規制や優遇措置なども確認し、実務上の運用を含めて法令順守に努める必要があります。
特に、外商投資法と外商投資法実施条例に基づき2020年以前に設立された外資系企業は、2024年12月31日までに企業の組織形態やガバナンス構造を会社法に適合させる必要があります。改正会社法の施行は2024年7月1日です。未対応の企業は組織形態の変更などの対応を急ぐべきでしょう。
外商投資法のポイント | 内容 |
---|---|
投資におけるネガティブリストと奨励リスト | ネガティブリスト:国が規定した外商投資を制限または禁止する産業の一覧 ・「外商投資参入特別管理措置目録(ネガティブリスト)」 ・「自由貿易区外商投資参入特別管理措置(ネガティブリスト)」 ・「市場参入ネガティブリスト」 奨励リスト:国が規定した外商投資を奨励する産業の一覧 ・「外商投資奨励目録」 ・「中西部地区外商投資優勢産業目録」 |
企業の組織形態・組織構造 | 現地法人について中外合弁企業、中外合作企業、外資独資(100%)企業の分類がなくなり、外商投資企業に統一。会社法に基づいて、株主会を最高意思決定機関として設置しなければならない |
知的財産権の保護強化 | 知的財産権の保護強化について、以下などを規定 ・外商投資者および外資系企業の知的財産権を保護し、知的財産権の侵害行為に対し法に基づいて厳格に法的責任を追及すること ・行政機関およびその職員は行政手段を利用して外資系企業に技術移転を強制してはならないこと |
組織形態などを調整済みの企業も、会社法の改正点を踏まえ、定款や関連文書(合弁契約書、株主協議書など)の見直しが必要です。中国の法制度は改正が頻繁にあることが多いため、最新情報の収集と自社への影響の把握が重要です。
4. 対策と実務上の留意点
改正会社法に対応するために、中国進出企業は以下の3点を押さえて対策を講じる必要があります。
施行時期に合わせた社内規程の改定
会社法の改正内容を踏まえ、定款をはじめ、取締役会規則や社内規則などの関連規程を改定する必要があります。
現地弁護士など専門家への相談
中国の会社法や関係法令に精通した現地弁護士や会計士などの専門家に相談し、自社の状況に応じたアドバイスを受けることが重要です。
最新法令の継続的な確認
会社法は今後も改正される可能性があるため、中国政府や専門機関の発表などを通じて最新法令の情報を常に収集し、内容や状況に応じて対応していく必要があります。
これらの対策を講じ、法令順守に努めることで、中国におけるビジネスの安定と発展につながるでしょう。
- JETRO「中国における経営管理機構(2024年3月)」,https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2024/99f50fe8056873e6/202403.pdf(閲覧日:2024年8月23日)
- BakerMckenzie「中国新会社法の公布:改正概要及び対中投資への影響(2024年3月15日)」,https://www.bakermckenzie.co.jp/wp/wp-content/uploads/20240315_ClientAlert_Corporate_J.pdf(閲覧日:2024年8月23日)
- JETRO「会社法改正、経緯と出資期限新設(中国)」,https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2024/c6fc63d3e7f1ba8c.html(閲覧日:2024年8月23日)
- JETRO「会社法改正、組織・清算規定など(中国)」,https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2024/c18b5b893475bf9c.html(閲覧日:2024年8月23日)
- JETRO「中華人民共和国会社法(2023年改正)(2024年2月)」,https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/law/pdf/invest_080_rev.pdf(閲覧日:2024年8月23日)
- 中华人民共和国中央人民政府「中华人民共和国公司法」,https://www.gov.cn/yaowen/liebiao/202312/content_6923395.htm(閲覧日:2024年8月23日)
- JETRO「中国「外商投資法」の施行による外商投資企業への影響および実務対応(2020年3月)」,https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2020/91453f863e37e114/cnrp202003.pdf(閲覧日:2024年8月23日)
- JETRO「2020年施行の外商投資法、2024年12月末までに企業は組織構造の確認と変更を(中国)」,https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2019/2f1122bf27d8cd1c.html(閲覧日:2024年8月23日)
- JETRO「中国 外資に関する規制」,https://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/invest_02.html(閲覧日:2024年8月23日)
[1] JETRO「2023年度海外進出日系企業実態調査 | 中国編」,2024年2月,https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/f0abf79037bfe15f/20230038.pdf (閲覧日:2024年8月10日)